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そんなプランがうまくいくわけないと冷笑して見ている。僕もヴェネチア・ビエンナーレ(20)の日本館で、おたくの個室をミニチュア化した作品を出品してきましたが、「余計なことをするな」「世界に知らせるな」「頼むからそっとしておいてくれ」みたいな反応がネット上ではけっこうありました。いちおう日本館のコミッショナーである森川嘉一郎さん(桑沢デザイン研究所特別任用教授)やオタキングの岡田斗司夫さんには評価してもらえたんですけどね。いずれにせよ、「部外者」の評価で彼らに喜んでもらうのは、ひどく難しいですね。
酒井負け犬の場合は、評価をされることを嫌うような、及び腰な姿勢はないですね。もともと成績や仕事で評価されることは大好きだし、社交性もあるし。斎藤「おたく」と「負け犬」というネーミングが似ている点は、言葉の中に自虐が含まれているところです。ただ、負け犬戦略は積極的に腹を見せていこうというものであるのに対して、おたくは必ずしも開いていこうという方向ではない。
酒井負け犬にも二種類いて、腹を見せる戦略をとることができる人と、負け慣れていないがゆえに「負け」という言葉自体でカチンとくる人がいるようです。斎藤おたくにも似ているところがあって、おたくという言葉は半分蔑称で、半分尊称なんですよ。酒井負け犬には尊敬の意味はないですね。(笑)斎藤そこがちょっと違うところで、非社交性をあげつらう意味と、マニアとしての尊敬を与える意味があって、そこを褒めると「もっとすごい人がいますよ」と返してくる。でも、負け犬は「もっとすごい負け犬がいますよ」とは言いませんよね。
注目情報
酒井斎藤(環)さん自身の青春時代は?斎藤もちろん暗いものでした。バブルに関しては、メディアが報じる華やかな青春群像を指をくわえて横目で眺めていました。あの頃の筑波というのは、抑圧の場所としてはすごいものがある。筑波全体が、というわけではなくて、要するに若い男女が地理的に隔離された結果、極端に流動性が高い場所ができてしまったんですね。
結果として男女関係については、それこそ勝ち組、負け組的な格差が広がりやすくなり、私のような負け組はルサンチマンをため込みつつ必然的におたく化していくことになる。酒井筑波には、バブルがやってこなかったんですか。斎藤ええ。筑波研究学園都市というのは、いろんな意味で特異な場所なんですよ。